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東京高等裁判所 平成6年(う)1630号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人奥田保、同中村治郎が連名で提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官梅村裕司が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  殺意についての事実誤認の主張(控訴趣意[1])について

論旨は、要するに、原判決は、(1)原判示第六の乙川ハナにつき未必の殺意によるものであるのに確定的殺意による強盗殺人罪を認定し、(2)同第七の乙川秋子につき殺意はなく強盗致死罪が成立するにすぎないのに未必の殺意による強盗殺人罪を認定し、(3)同第九の乙川冬夫につき殺意はなく強盗致死罪が成立するにすぎないのに確定的殺意による強盗殺人罪を認定し、(4)同第一〇の乙川夏子につき未必の殺意によるものであるのに確定的殺意による殺人罪を認定しているから、これらの点において、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで検討すると、関係証拠によれば、殺意の点をひとまず置き、原判示第六ないし第一一の各犯行及びそこに至る経緯につき、原判決が「罪となるべき事実」及び「当事者の主張に対する判断」の各欄に判示するとおりの事実を認めることができる。要約すると、おおむね次のとおりである。

(1) 被告人は、フィリピン女性のホステスを店に無断で連れ出して自宅に宿泊させるなどしたため、平成四年二月一一日、店側が依頼した外国人ホステス斡旋業者らから自車の後部窓ガラス等を壊され、さらに、翌一二日夜、暴力団組長から誘拐罪に当たるとして暗に約二〇〇万円の金銭を要求されて、これを工面する必要に迫られ、思案の末に、原判示第三の乙川春子に対する強姦致傷の犯行の際に知ったその居宅(原判示のマンション□□スカイハイツC棟八〇六号室乙川冬夫方)に侵入して金品を窃取しようと企て、あらかじめ電話をかけて家人の在宅状況を探ったり、そのマンションに赴き、居宅の位置、エレベーターホールの防犯カメラの状況等につき下見をしたりした。

(2) その上で、同年三月五日午後四時三〇分ころ、右居宅に入り、金品を物色したが容易に発見できなかったため、強盗の犯意を生じ、北側洋間で就寝中の乙川ハナ(冬夫の実母で当時八三歳)を脅迫するなどして現金約八万円を強取し、次いで、預金通帳を出させようとするうち、同女が隙を見て居間の電話をかけようとしたので、体当たりをしてその場に仰向けに突き倒した際、同女から顔面に唾を吐き掛けられて激昂し、同女に馬乗りになり、電気の延長コードをその頚部に一周させて締め付け、一度力を緩めると起き上がる気配を示したのに対し、再度締め続けて窒息死させた上、死亡を確認し、死体を洋間の布団に戻した。それから、いったん外に出て煙草等を買ってきて、更に現金約一〇万円を探し出して強取した(原判示第六)。

(3) なおも物色を続けるうち、午後七時すぎころ、秋子(冬夫の妻で当時三六歳)及び春子(秋子の子、冬夫の養女で当時一五歳)が帰宅したので、あらかじめ台所冷蔵庫の上に移しておいた数本の調理用包丁のうちから刃体の長さ約二二・五センチメートルの柳刃包丁(以下「包丁」という。)を手に持ち、居間に入った両名に突き付けて所持金品を差し出させた上、床にうつ伏せになるように命じ、並んでうつ伏せになっている秋子の背部を逆手に持った包丁で立て続けに五回突き刺した上、失神状態にある同女を春子にも手伝わせて南側洋間に運び、しばらくして秋子を失血死させた(同第七)。

(4) 冬夫の帰宅が午後一一時ころであることを知った被告人は、その帰宅を待って更に金品を強取することにし、その間気を紛らわせるために、午後九時二〇分ころ、春子に包丁を突き付けるなどして脅迫し、寝室において同女を強姦した(同第八)。

(5) 姦淫途中の午後九時四〇分ころ、予期したより早く冬夫(当時四二歳)が帰宅したため、慌てて衣服を身につけ、居間に入ってきた同人の背後から包丁で左肩を一回突き刺して金品を要求し、冬夫からの指示で春子が探し集めてきた現金約一六万円、ハナ名義の預貯金通帳二通(額面合計三六〇万七七九二円)を強取し、さらに、冬夫の会社事務所にある預金通帳と印鑑を強取することにし、翌六日午前零時三〇分ころ、居間でもはや動けず横になったままの冬夫を残し、春子を同道して一階まで下りたが、冬夫が警察に通報などするのを防止するため、一人で引き返した上、包丁で冬夫の背部を一回突き刺し、そのころ同人を失血死させた。それから自車に春子を乗せ、道案内をさせて会社事務所前まで行き、午前零時四〇分ころ、春子をして会社従業員から預金通帳七通(額面合計六三万五六二〇円)及び印鑑七個を受け取らせた上これを同女から受け取って強取した(同第九)。

(6) その足で春子を伴ってホテルに宿泊し、同日午前六時三〇分ころ春子とともに前記乙川方に戻った後、間もなくして、寝室で眠っていた夏子(冬夫と秋子の子で当時四歳一一か月)が目を覚ましたため、同女に泣き叫ばれたりして犯行が発覚することを恐れ、上半身を起こして座っていた同女の背後から包丁で背部を一回突き刺し、そのころ同女を失血死させた(同第一〇)。

(7) 次いで、春子から夏子を刺したことを責められるや、立腹し、寝室において、春子の左上腕部、背部を包丁で切り付け、加療約二週間を要する切創を負わせた(同第一一)。

以上の事実関係に基づき、被告人の各殺意の有無について見ると、まず、ハナに対しては、同女に馬乗りになり、電気の延長コードをその頚部に一周させて締め付け、いったん緩めた際に起き上がる気配を示すと更にぐったりするまで締め続けたのであって、その行為自体から確定的殺意を優に推認することができる上、被告人の検察官に対する供述調書中のこれを認める供述部分もその内容に照らし十分信用することができるから、原判決が確定的殺意を認定したのは、正当である。

次に、秋子、冬夫及び夏子を突き刺すのに用いた包丁は、刃体の長さ約二二・五センチメートルの先端の鋭利な柳刃包丁であり、殺傷能力の極めて高いものであることが認められる。このうち、秋子に対しては、包丁を逆手に持ち、うつ伏せになっている同女の背部を立て続けに五回突き刺しているが、関係証拠によれば、刺創の部位程度は左肩胛部に創洞の長さ約八・九センチメートルと約一〇・五センチメートルの二個が、左肩胛下部に創洞の長さ約一一・三センチメートルの一個が、肩胛間部に創洞の長さ約四・六センチメートルと約四・八センチメートルの二個があり、うち創洞の長い三個は肋骨を損傷し、左肺をも損傷するなどしていて、身体の枢要部に強い攻撃が加えられていることが認められ、そのような行為自体が死の結果を招くものといえる上、同女が苦しみあえぎ失神状態に陥ったのに、救命措置も講じないで別の部屋に移し放置していたというその後の被告人の行動からも、その生死を意に介していない態度が看取され、その他原判決がこの点について詳細に認定、説示しているところも正当と認められる。したがって、原判決が、同女の死を意欲していたとまでは認められないにしても、同女を突き刺すことによって死に至るべきことを認識、予見しながら、これを認容して、あえて突き刺したものとして、殺意を認定したのは、正当である。なお、所論は、秋子を突き刺したのは警察等に通報するような動きを封ずるためにしたもので、金品強取の目的でしたわけではないというが、被告人は、依然として強盗の犯意を持っていて、冬夫帰宅後に春子をして種々物色させている事情に照らし、警察等への通報を封じ、かつ、その間の反抗を抑圧する意図に基づくものと認められるので、金品強取の目的による行為であることを否定し難い。

さらに、冬夫に対しては、同人が帰宅した時点と被告人が春子を連れて会社事務所に赴く時点の二回にわたりその背部を突き刺しているが、関係証拠によれば、第一回目の刺創は左肩胛下部から左腋窩部に貫通し、肋骨、左肺等を損傷する創洞の長さ約一五・八センチメートルのものであり、第二回目のそれは肩胛間部右側にあり、肋骨等を損傷して胸腔内に入り、右肺貫通、心嚢、大動脈損傷などを伴う創洞の長さ約一二・七センチメートルのものであって、いずれも身体の枢要部に重篤な損傷を生じさせていることが認められるが、この第二回目の行為についての殺意が問題になる(第一回目の行為については殺意は訴因となっていない。)。冬夫が第一回目の攻撃を受けてから三時間近くが経過し、もはや動けずに横になったままの状態にあるにもかかわらず、被告人は、一階に下りながらわざわざ引き返して強く背部を突き刺しているのであって、その行動と攻撃態様に照らして、原判決が、第二回目の行為につき後顧の憂いを断つために「とどめ」をさす意図でしたとして確定的殺意を認定したのは、正当である。

最後に、夏子に対しては、関係証拠によれば、五歳に足りない幼児の背後から左手でその首の辺りを押さえ、刃先が身体を突き抜けるほどの力を込め、右肩胛下部から右肺、肋骨等を損傷して右胸部に達する貫通刺創(創洞の長さ約一二・三センチメートル)を負わせていることが認められる上、同女が父母の死を知って泣き叫び、自己の犯行が近隣に発覚することを恐れて突き刺したというその動機に照らして、原判決が確定的殺意を認定したのは、正当である。

以上のとおりであるから、ハナ、秋子及び冬夫に対する各強盗殺人並びに夏子に対する殺人の事実を認定した原判決には、所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

二  被告人の責任能力についての事実誤認の主張(控訴趣意[2])について

論旨は、要するに、被告人は、爆発型精神病質者、類てんかん病質者であって、血中尿酸値が高いこと、前頭部に高振幅徐波があること、胎児期に施用を受けた多量の黄体ホルモンの影響により生来的に脳を過剰に男性化され攻撃的になっていたことを総合して考慮すると、原判示第一ないし第一一の各犯行当時には、是非善悪を弁識する能力はあってもその弁識に従い行動する能力が著しく減退した状態にあったのに、心神耗弱の状態になかったと認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

当裁判所は、原審で取り調べた医師小田晋、同福島章作成の各精神状態鑑定書等を検討し、さらに、当審において、新たに福島、小田両医師の証人尋問を行ったほか、福島医師作成の精神状態鑑定書補充書及び意見書、小田医師作成の精神鑑定補足意見書及び報告書、一般的な文献である黄体ホルモンの投与の影響等に関する論文等の書証を取り調べたが、これら当審における事実取調べの結果によっても、原判決の結論は左右されず、原判決の認定に誤りはないと考える。

控訴趣意及び弁護人らの弁論が特に強調するところは、当審で提出された福島医師作成の精神状態鑑定書補充書及びその当審証言の内容である。すなわち、原審で取り調べた福島医師作成の精神状態鑑定書では、被告人につき是非善悪の弁識に従い行動する能力(以下「行動制御能力」という。)が普通人に比べてかなり減退していたが、著しい減退といえるかどうかは司法的な判断の問題であろうとされていたのに対し、右の精神状態鑑定書補充書及び当審証言では、著しい減退があったとしている点である。これらによると、福島医師は、原判決後にライニッシュの研究論文の存することを知り、これを検討した結果、胎児期に黄体ホルモンにさらされた場合には攻撃性が強まることを確信することができ、被告人についてもそのような状態にあることが十分に裏付けられたとした上、近時国際的には、人格異常も生物学的な原因に基づくものである限り、責任能力の減免を認める方向に進みつつあること、被告人に爆発的精神病質、類てんかん病質の素質があり、それが胎児期にさらされた黄体ホルモンの影響による脳の過剰な男性化、血中高尿酸値、前頭葉高振幅徐波という生物学的要因の関与によるものであることを総合考慮すると、被告人の行動制御能力は著しく減退していたものと認められる、というのである。

これに対し、小田医師の当審証言は、胎児期に黄体ホルモンにさらされたことによる脳の男性化、攻撃的な性格の形成は、検証されているとはいえず、むしろ否定的な結論が出されているという論文をも引用した上、被告人は爆発性・冷情性精神病質者であって、完全な責任能力が認められる、といい、原審で取り調べた精神状態鑑定書の結論及び理由を維持している。

両者は、被告人が、本件各犯行時において、精神病に罹患しておらず是非善悪を弁識する能力を有していたことについて、意見が一致している。また、被告人を爆発性・冷情性精神病質者と見るか、爆発性精神病質者、類てんかん病質者と見るかの点で多少の見解の相違はあるものの、爆発性精神病質者であることについても意見をほぼ同じくしている。ところが、行動制御能力の程度については見解を異にし、前記のような相反する結論になっている。

福島鑑定は、まず胎児期における黄体ホルモンの投与が生来的な攻撃的性格を形成するかどうかについて、これを肯定するライニッシュの論文を援用するのであるが、同論文は、攻撃性の増加が認められるかどうかという観点からの研究であって、その内容はあくまでも性格的な傾向を見るものにとどまり、行動制御能力自体の制約につながるかどうかの見地からの研究とは考えにくいものである。その上、攻撃性の増加があるとされる程度も、遺伝的負因等から生ずる性格の粗暴さの程度と比較するなどしているものではなく、通常の遺伝的負因に比べてその性格的偏りが異常に大きいという結果が出ているものではない、しかも、胎児期に黄体ホルモンの投与を受けた者はかなりの数に上ることが考えられるのに、その投与を受けたことにより行動制御能力が低下したとされる事例は、これまでに特に指摘されていない。次に、被告人の血中尿酸値の高さも、顕著なものとはいえず、正常範囲の上限前後にとどまることが認められ、前頭葉高振幅徐波も粗暴犯や爆発的精神病質者によく現れる特徴にすぎない。したがって、証拠から認められる爆発性精神病質等の性格的な偏りに、被告人が胎児期に黄体ホルモンの投与を受けた事実、血中尿酸値の高さ、前頭葉高振幅徐波の出現の点を総合考慮しても、これだけで被告人の行動制御能力がときに著しく減退することの可能性を肯定することはできない。

仮に、被告人が胎児期における黄体ホルモンの影響等により粗暴な性格傾向が通常人より高いとされ、そのためもあって鑑定結果に現れた爆発的な性格傾向等を先天的に備えているとしても、被告人は生来精神病や精神発達遅滞などの特別な状態にはなかったものであって、そのような性格傾向等を制御することが十分可能な状態にあったと考えられる上、関係証拠によれば、被告人には自己より強い者との関係では衝動を抑制して慎重に振る舞い、服従する態度を取りがちであるのに対し、弱い者に対しては衝動を抑制せず粗暴に支配的に振る舞うことがあるなど、相手の力いかんにより自己の攻撃行動を区別、選択するという傾向が認められるのであって、このような自らの意思により行動を決定する傾向に照らして、通常時における被告人の行動制御能力を肯定することができる。

原判示第六ないし第一一の各犯行の際には、その背景に暴力団組長から約二〇〇万円を要求されて、被告人がうっ屈した気分になり、窮地に陥っていたという事情が証拠により認められるにしても、自らの意思により犯行を思いとどまることが著しく困難な状態にあったとは考えられない。是非善悪の弁識ができ、意識も清明である以上、多少とも規範意識を喚起さえすれば犯行を思いとどまることができる状態にあったといわざるを得ないのである。すなわち、ハナを殺害した際、唾を吐き掛けられて激昂したというのも通常心理として理解できるばかりか、殺害行為自体についても、その衝動を制御できないような情動麻痺などの異常な心理状態の下に行ったとは考えられない。また、その後の一連の犯行の際には、格別の情動興奮を生じさせるような事情はなく、状況に対応した冷静な行動をとっていることが認められる上、目的を達するための行動として合理性に欠けるところもなく、精神異常を感じさせる要素は全く窺われないから、秋子、冬夫、及び夏子の殺害、春子に対する強姦と傷害を思いとどまろうとすることができないはずはないといわなければならない。なお、これに先立つ原判示第一ないし第五の各犯行においては、弱い者に対しては衝動を抑制せずに攻撃するという被告人の行動傾向が如実に現れている。結局、本件各犯行当時、被告人の行動制御能力に著しい減退はなかったものと認めるのが相当である。原判決中には、所論の指摘するように、脳の過剰な男性化を否定する理由として被告人の鑑定時点における男性ホルモンの量と結び付けた判示をしている点など厳密には一部賛同し難い説示部分があるものの、結論及びその理由の大筋は、当審における事実取調べの結果によっても正当として是認することができる。

なお、所論は、小田鑑定は予断と偏見に基づくものであるとしてこれを激しく論難するが、そのように見ることのできないことは原判決が適切に判示しているとおりであり、小田医師の当審証言の内容に照らしても、その鑑定の誠実性に疑問を差し挾む余地はない。

原判決には、被告人の責任能力につき所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

三  量刑不当の主張(控訴趣意[3])について

論旨は、被告人を死刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである。

そこで検討すると、前記の被告人の原判決第六ないし第一一の乙川一家に対する一連の犯行は、罪質、動機、殺害の手段方法、殺害された被害者の数などに照らして、その罪責が誠に重大なものである。

被告人は、最初は窃盗の目的で乙川方に入ったものの、強盗に転じ、老齢のハナの頚部を電気コードで締め付けて窒息死させ、いったん外に出たが再び戻って物色中、秋子と春子が帰宅するや、両名をうつ伏せにさせて、刃体の長さ約二二・五センチメートルの鋭利な包丁で秋子の背部を五回突き刺して失血死させ、恐怖にさらされ極限状態に陥った春子を意のままに従わせて強姦し、その途中に帰宅した冬夫に対しては、包丁で背後から左肩を突き刺し、この間にハナや春子から奪い、あるいは自ら探し出して強取した金品は、現金合計約三四万円、預貯金通帳二通(額面合計三六〇万七七九二円)に上り、さらに、冬夫の会社事務所にある預金通帳と印鑑を強取することにして外に出る際、すでに動けず横になったままの冬夫が警察に通報などしないように包丁で背部を突き刺して失血死させ、春子に道案内をさせて会社事務所から預金通帳七通(額面合計六三万五六二〇円)及び印鑑七個を持ち出して強取し、その足で春子を伴ってホテルに一泊し、翌朝春子とともに乙川方に戻った後、幼児の夏子に泣き叫ばれることを恐れ、上半身を起こして座っていた同女の背後から包丁で背部を一回突き刺して失血死させ、春子から夏子を刺したことを責められるや、春子の左上腕部、背部を包丁で切り付け、加療約二週間を要する切創を負わせたものである。その犯行時間は午後四時半ころから翌日午前七時前までの長時間にわたり、その間に三名に対する強盗殺人、一名に対する殺人を行い、残った一名を強盗強姦し、傷害をも負わせたという結果は、誠に重大である。このうち窃盗から転じた強盗の動機は、暴力団関係者から要求された金を工面するためであって、同情の余地がなく、殺人の動機も邪魔になる者を排除するという悪質極まりないものである。その殺人の犯行態様は、電気コードで頚部を締め付け、あるいは鋭利な刃物で背後から一回ないし数回突き刺すという卑劣で残虐なものであるとともに、何のためらいもなく敢行しているところに冷酷さと非情さが認められる。このような犯行からは、原判決が判示するとおり人の生命、尊厳に対するいささかの畏敬の念も見いだすことができない。一方、何らの落ち度もないのに非業の死を遂げたハナ、秋子及び冬夫の苦痛と無念の情には計り知れないものがあり、特に幼くして生命を奪われた夏子に対して深い哀れみを禁じ得ない。さらに、残された春子に対する強盗強姦、傷害の犯行自体ももとより重視すべきであるが、それに加えて、同女が祖母、両親、妹の一家四人を一挙に失い、自らも長時間極限状態にさらされて、一生癒すことのできない深刻な心の傷を負わされたことの重大さも見逃すことができない。

被告人は、これより前にも、先行車の運転手に対し、速度が遅いなどと立腹して、手拳や鰻焼き台用鉄筋で殴打する暴行を加え、全治約三週間を要する頭部打撲等の傷害を負わせ(原判示第一)、うっ屈した気分を晴らすため、歩行中の女性の顔面を手拳で殴打し、加療約三か月半を要する鼻骨骨折等の傷害を負わせた後、自宅に連れ込んで強姦し(同第二の一、二)、自転車で通行中の前記春子に自車を衝突させて負傷させたため病院に連れていった帰りに、強姦の目的でナイフで切り付けるなどの暴行を加え、加療約二週間を要する顔面挫創等の傷害を負わせた上、自宅に連れ込んで強姦し(同第三)、後続車の運転手に対し、運行方法が気に入らないと立腹して、鰻焼き台用鉄筋で殴打する暴行を加え、安静加療約一〇日間を要する頭部挫創の傷害を負わせた上、暴力団員を装うなどして脅迫し、その自動車運転免許証一通を恐喝し(同第四の一、二)、自車が追い越されたことに立腹し、追い越した車に乗り込んで運転を代わり、折り畳み式ナイフで相手を二十数か所突き刺し、切り付けるなどし、全治六週間を要する全身刺創等の傷害を負わせた上、同人が逃げ出した後、その所有の自動車運転免許証一通を窃取した(同第五の一、二)という多数の粗暴な犯行を四か月余りのうちに重ねていたものである。これらの一連の犯行にも被告人の自己中心性、冷情性が示されているのみならず、自己の衝動、攻撃性を抑制しようとせず直ちに行動に移す危険な傾向が顕著に現れているものといわなければならない。

反面、本件各犯行は、いずれも事前の綿密な計画に基づくものではなく、偶発的な犯行としての面があり、乙川方における各犯行についても、当初から殺害が計画されていたわけではなく、その場の成り行きにより発展し、拡大していったものであることを否定することはできない。また、原判示第二ないし第一一の各犯行については、フィリピン女性のホステスを店に無断で連れ出して自宅に宿泊させるなどしたことに関し暴力団等から威迫や多額の金銭の要求を受け、それが契機となって、うっ屈した気持やその支払に充てる金の調達の必要に迫られた心理状態から、一連の犯行に及んでいるという面のあることも、否定し難いところである。

本件各犯行を通じて、被告人に有利に考慮すべき最大の要素は、成育途上にある少年時における犯行であるという点である。確かに、原判示第一の犯行当時は一八歳であり、その余の各犯行当時には既に満一九歳に達していて、被告人が成人に近い段階にあったとはいえ、福島鑑定も指摘するとおり、年齢を重ねるにつれ、また今後の矯正教育により改善の可能性があることは否定し得ないであろう。

さらに、被告人の生育環境につき、特に劣悪とはいえないにせよ、所論が指摘するように、両親の離婚等のために恵まれない面があったことなどの事情も認められる。

被告人は、本件各犯行につき後悔と反省の情を深めつつある。また、被告人の家族、特に母親において、被告人の行為を世間に詫び、責任を共にする気持を抱きつつ、被告人に代わり死亡した被害者の墓参に赴き、乙川一家を除く被害者に対しては被害弁償をし、うち二名については示談が成立するなど、被害者らの被害感情を和らげるべく努力を続けていることが認められる。

しかし、以上のような被告人のために酌むべき事情を総合して十分に考慮し、死刑がやむを得ない場合における究極の刑罰であることに思いを致しても、その犯した罪の重大性にかんがみると、被告人を死刑に処するのは誠にやむを得ないものと判断する。したがって、被告人を死刑に処した原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神田忠治 裁判官 小出亨一 裁判官 飯田喜信は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 神田忠治)

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